我々、全てにかかわる[真相]を告発するためのブログ

『オズの魔法使い』へのフリーメーソンの固執と911の儀式の関係について

 現時、海外では

「911の事件はフリーメーソン儀式である」
と主張するのと同時に、
「911の事件がフリーメーソン儀式であったとして、それは『オズの魔法使い』の影響を少なからず受けたものである」
とまで主張する向きがある。

 その点、
「911の事件がフリーメーソン儀式である」
という話については私自身、全く異論はないが(というより右は ―万人にとり甚だしく重要であることに― 根拠主導方式で実証可能なことである)、そうした話、
[本ブログで ―海外の告発者達とはまったく異なる方向からながら― 詳説に詳説を重ねてきた911の儀式的側面の話]
から一歩進んで、
「911の事件がフリーメーソン儀式であったとして、それは『オズの魔法使い』の影響を少なからず受けたものである」
ということになると異論の余地あり、といった側面が多々、出てくる()。


『オズの魔法使い』と911の関係を論ずる海外論客発の説をこの臆病者の国、日本に ―基本的なる事実誤認を含むやり方でもって― 極々部分的に輸入・紹介している向きもおられるようだが、お断りしておくも、
「そうした向きと私の間には一切、関係がない」
 相応の人格的特性/陰謀論者としてのスタンスを明示した上で『オズの魔法使い』とフリーメーソン儀式の関係論につき部分的に輸入・紹介している向きが私が真相告発のために設けた情報媒体そのもの、あるいは、その中で提供しているコンテンツを想起させるような文字列を多々、―何故だか― 目立つように用いていたとしても、そうした向きと私には一切、関係がない。
よく私が提供している情報提供媒体内容をお読みいただければ、お分かりになられるだろうが、
 「当方展開媒体は客観的事実に基づき[多数人の生き死ににかかわる企図]にまつわる情報提供と実証をなしているものである」
 そのような媒体でもって"情報提供"及び"立証"を試みている当方のような人間瑣末な印象論/事実に合致しない話を相応の知的水準/人格的特性 ―わざとらしくも稚拙がかっている、あるいは、下卑ている、といった特性― でもってオンライン上に流布している向きとの人格同一性が疑われることは[多数人の生き死ににまつわる提供情報]が毀損され、[立証可能な真実]が晦(くら)まされる危険につながる ―詰まるところ、[公共の福祉]の観点上、著しく望ましくなき事態につながる― ことと定置。敢えての断り書きをなしている尚、私としてはここでの弁から「民事訴訟に発展しても」痛痒に感じない、とも断わっておく。オンライン上での情報の流通形態 ―検索エンジン導出結果の形態など― はこちらで都度、証跡を残していると述べつつ、だ


 本記事は上のような観点から
[オズの魔法使いと911の関係を論ずる説に対する疑義]
を呈すると同時に、そうした疑義を受けた上での持説 ―ただ、持説と言っても私は根拠ベースでしか話さない― を展開することを目的にものしたものである。これより真相を探る必要を感じた方々 ―[他からの盗用をなしつつも馬鹿なことをさえずるためだけに飼われている者達]ではなく[世界を変える覚悟と(潜在的)影響力を内に秘めた方々]― が海外の説を参照され出した時に一助となれば、と考えてものしたものである。

 以上、前置きをなしたところで、まずもって、
「911のフリーメーソンによる事件が『オズの魔法使い』の影響を少なからず受けたものである」
との説の出典だが、

[ザ・ブレイブ・ニュー・ワールド・オーダー]との題の英語動画

がそれにあたる([ザ・ブレイブ・ニュー・ワールド・オーダー]と説の流布用動画に題した向き ―オンライン上で周辺情報を探る限りカッツェ氏と名乗る人物などだろうか― にはディストピア小説『素晴らしき新世界』へと意識誘導する意図がある、ととれる。については、薬物と機械的人間養殖を用いての統制社会をテーマとした小説『素晴らしき新世界』、その原題が『ブレイブ・ニュー・ワールド』であることがまずもって背景としてあり、同『素晴らしき新世界』作者が[幻覚剤の伝道師]でもあったオルダス・ハクスリーであったことが大きく影響していると解釈できる。メーソン理念、ニュー・ワールド・オーダー、[淵源は18世紀初頭のアンドリュー・ラムゼイという男が口にしたワン・ワールドという言葉にあるともととれる新世界秩序(ニュー・ワールド・オーダー)という理念]と小説タイトルのブレイブ・ニュー・ワールドをかけ、もって、同じくの動画でテーマとされている麻薬絡みの話に重みをもたせる。そういった思惑が作用しているように見受けられるがために、である)。

 以上、
「911の儀式が『オズの魔法使い』の影響を少なからず受けたものである」
との説の出典元の動画を紹介しはしたが、動画のカナ表記ではない原文名掲載は「敢えて」なさない。URL紹介もなさない(興味がある向きは自身で調べ上げ動画サイトよりダウンロードなり何なりをしていただきたい)。
 動画が[過度の憶測]を含んでおり、それがために ―その時事性や意味深さに反し― 良識人の誤解を招きうるものとなってしまっているからだ([過度の憶測]を含むものへの誘導をダイレクトになすことは本媒体に関する要らぬ誤解を招くことと忌避している)。動画が[良き面]、[客観的に真実だとすぐに確認可能な面]を含む点については動画製作者たちに対し ―どういった方々だろうと― 敬意を表したい、との想いが私にはあるものの。

 説の出典の話はここまでとし、説自体の問題とする箇所、その概要に言及する。それは直下、枠線で囲った『』内表記部で述べるがごとくものとなっている ―断わっておくも、付記した部を除き、下の説と私の"立証"には何の関係もない― 。

    海外で物議を醸す異説の概要とそれに対する私見(私見は括弧内付記の部分)
911の儀式では[ツインタワーに接するように配されていたスフィア ―Sphere― ]と呼ばれるオブジェが重きをなしている(付記:右は海外にて多くの人間に問題視されていることである。そして、私もまた同スフィアを危険視すべき理由を「根拠主導方式にて」本ブログでも他媒体でも取りあげている ―他面、残念なこととして日本でスフィアについてここ最近、とりあげる「ようになった」向きには突拍子もない「転用」話柄で[真実]を糊塗するようなことを仰られている向きが目立つ― )。
 そのスフィアが『オズの魔法使い』と結びつくように[調整]されている、と考えることが出来る
 オズの魔法使いのスピンオフ作品、1978年に封切られた The Wiz『ウィズ』という映画では ―ニューヨークをモチーフとしているといった作品の性質もあり― [ツインタワーに接するように配されていたスフィア]が登場してくるのだが、そのスフィアが[OZの字を刻まれているがごとく見えるもの] ―その再現図は下に掲載しておく― ともなっている。そういった形でスフィアとオズが結びつけられている、と考えることができるのである(付記:[日本でオズの魔法使いと911の事件の関わりにまつわる説を紹介している向き]は何を勘違いしているのか、に関して、[別のオズ関連の映画]を問題とするシーンが登場する作品と挙げている。その式でも真実を探る気力・胆力を有された方が[いい加減な輸入話柄][転用話柄]に振り回されないことを願うばかりだ ―日本にて瑣末な印象論を展開されている方々は右のような点につき修正されるかもしれない。[本ブログとは別ドメインの私の情報提供媒体を想起させるような文字列を用いている部分]も含めて― )。
 そういったスフィアとオズを結びつける風潮がある背景には20世紀最大の魔術師とされていた男、アレイスター・クローリーがオズを[啓発をもたらす人外の象徴名]として用いていたこと、そして、クローリーがozを刻んだスフィアを想起させる印章を用いていたことが影響している、と考えることができる付記:確かにクローリーは Liber OZ『オズの書』と題された書でozと刻みこまれた独特な球形印章を用いている。ただ、述べておけば、クローリーが『オズの書』を発刊したのは1941年であり、それはライアン・ボームが『オズの魔法使い』を世に出してから40年以上を経てから、である)。さらに、そのことは911に対する対策を主導したブッシュ一門にクローリーの血縁の臭いがつきまとうことにも影響しているととれる(付記はっきり言えば、右のようにブッシュ一門とオカルティスト大御所のクローリーの関係を述べることは良く言って憶説の域を出ず、悪く言って馬鹿げているということになりかねない)。結局は911絡みのフリーメーソン による儀式に向う方向で話が結びついている ―クローリーは有名な話として、メーソン員であった― のである』。

 上にて紹介した説の委細については各自、検討していただきたいとしつつ、再度、断わっておくも、
「上のような説を海外で展開する向きと私には何ら関係はない( There is no relationship between me and persons who claim that 911 Ritual has something to do with OZ books and Aleister Crowley.)」

 だが、「私は一面で上のような説を海外で展開する向きを評価してもいる」 ―国内の輸入者に対する想いは[公共の福祉]という観点上、別方向にあると、示唆したものの―。
「彼らの説が一面で真実を含んでいると調査の結果、よく知っている( Their theory about 911 Ritual is accute and correct on somepoints.)からであり、彼らが重要なことを ―少なからず― 初めて世に問うたと見ているから」である。

 しかし、再度の「だが」の話として、彼らの説が大きな問題を胚胎していることも「他面の話として」よく知っている。すなわち、憶測に過度の重きを置いているがため、「決して、万人の支持を勝ちえない」ということもよく知っている( Their theory is imperfect on the other hands , because theirs relies on speculations excessively.)。例えば、ブッシュ一門とクローリーの関係につき、そう、常識人には唾棄されてしまいがちな真偽不明瞭な話につき、云々しているところなどが殊にそうだ(言っておくが、ブッシュが[最低の部類の人間]であることについては私も同意している)。
 詰まるところ、それが本記事で疑義を差し挟みたき海外発の説の問題点なのだが、
 「実証拠のみで、あるいは、きちんと順序立った説明にて十二分に訴求可能な話 ―すなわち良識人をも動かしうる話― に関し、憶測をあたら持ち出すことは真実を曖昧模糊とさせ、実によくない」といった趣旨のことは先にも明言したこと
だ。日本にはそういったことをやらかす連中 ―遠慮会釈なく述べれば、そういったことをやらかす連中には[人類の裏切り者](言葉を換えれば[心底からのゾンビ])との称号を進呈したい気分なのだが― が目立って存在している、という文脈での註記部にて明言したことだ。言わんとしていることはお分かりいただけているだろう。

 以上のように述べつつも、である。
 それなりの補填をなすと
「911の事件がフリーメーソン儀式であったとして、それは『オズの魔法使い』の影響を少なからず受けたものである」
との説は決して馬鹿げたものではなく、かつ、万人にとり重要な"立証"に関わるものとなると見ている。

 ゆえに続く内容があるのだ、としつつ、911のフリーメーソンによる儀式と『オズの魔法使い』の関係論を説得力あるものとなさしめる持説 ―ただし、持説とは述べつつも、私は根拠に基づいていないことは一切、述べない― を後々の世のために呈示しておくこととする

 持説を支えるものとしての次のIからIIの点をご覧いただきたい(IIIはさらに細目に分かれる)。

I.実は『オズの魔法使い』にいうオズとは[北欧神話主神オーディン(Odin)を指し示した符丁]であると[フリーメーソンや神話に詳しい向きにとり解釈可能な名]となっている。その根拠は次にあげる〔1〕から〔5〕にある。

〔1〕北欧神話最高神である隻眼の神、オーディン。そのオーディン、[白ヒゲの偉丈夫]といった容貌でステレオ・タイプ視される人間の魂の収集者である神と「時に同一視される」神が同じくの北欧神話に存在する。オーズという神がそうである(同オーズ神は豊穣の女神であると同時に月の女神でもあった女神フレイヤの夫 ― husband of Freyja ― との設定になっている神である)。そのオーズの綴りはozではないが、言うまでもなきことして、ozはオーズと読め、その式でオーディンとオズは同一視可能である。

〔2〕上の〔1〕を補うこととして、[北欧神話のオーズ]と[金(ゴールド)の単位たるoz]の関係が挙げられる。さて、オーディンと同一視されもするとした神、オーズは金(ゴールド)と密接に結びつく。旅に出たオーズを追う過程で妻たる女神フレイヤが流した涙が北欧神話で大地に宿る金の由来だとされているからだ(涙が金に転じた)。対して、ozとはゴールドの重さを計る単位オンスounceの略称であり、同様の観点から『オズの魔法使い』のオズ=オンスが「黄金に基盤を置く金本位制の比喩として」小説で ―社会体制風刺劇としての小説で― 用いられたとする論客(経済学者など)の見立ても存在している。[オーズ=金の由来と密接に結びつく神]と[oz=金の重量を計る単位オンス]双方の関係性の結節点になるという形で『オズの魔法使い』が存在しており、それが上の〔1〕のような話、オズ=オーディンとしての比喩が『オズの魔法使い』に含まれているという話をより説得力あるものにならしめている。

〔3〕オーディンの名は古語に忠実に発音するとオージンに近くなるとされるが、それはOzinと表記することも可能である(オーディンの英語圏での通称はヴォータンWodanであるも)。右はOzとつながる話である。

〔4〕オーディンは魔術の神としてその名前を知られている。それは魔法使い、『オズの魔法使い』の魔法使いを想起させる。

〔5〕これが決定的に重要なこととなる。『オズの魔法使い』には悪役としての魔女が出てくるが、その悪しき魔女の特色は「片目」となっている(実に恣意的だろう)。それはオーディンの[隻眼の神]としての特徴と同質のものである(下図参照のこと)。

以上、〔1〕から〔5〕を複合顧慮し、『オズの魔法使い』は『オーディンの魔法使い』と解釈できるようになっている

II.上のIのようなことがあるがために、911の儀式と関わっているとされるオブジェ、スフィアは映画『ザ・ウィズ』の中でオーディン・シンボルと結びつくようにされていたとも解釈可能である。
 そのことは下の〔1〕から〔4〕の各点より我々と全くもって無縁ではない。

〔1〕本ブログでも先の記事で一言、解説し、911の儀式性を立証することをも大きな目標としている私の他Webサイトでも解説していることだが、
911の事件を引き起こしたフリーメーソンは[有名ハリウッド・スター、ヒース・レジャーの儀式的殺害]にも関与していた。そこにいう儀式殺人が ―属人的不幸の問題を超えて我々、人類全体に関わりかねないこととして― 911の事件と背景思想を共有させしめられているだけではなく、オーディンと接合するようにも仕向けられている
と言えるだけの事情がある。これはこうだと客観的に示せるものとして確としてある。
上について疑義がある向きは本ブログ上の陰謀論で括れぬ911。儀式の”先にあるもの”を示すシンボリズム ―文字色改変部をクリックすることで遷移可能― という題の記事該当部、あるいは、私が真相告発用に設けている

というドメイン名を振ったサイトの[ハリウッド・スターの儀式殺人を扱った記事]を参照されたい。
 それら推奨参照箇所をご覧いただければ、―瑣末な印象論を超えて― 殺人行為が行われていると「証拠に基づいて」述べることが出来るのをご理解いただけるはずである:当のフリーメーソン自身も身内間で儀式殺人が行われているがごとくのことを世に発信することもあるようだが、それは[荒唐無稽な陰謀論・都市伝説を出ていないケース]か[身内間の脅しを目的としてのもの]ととれるものにすぎない ―後者の例は911の犯行予告映画『ファイトクラブ』の中での[チェス盤模様の床の場での告発者への処刑方法示唆]という場面に見受けられる―。そういった人形由来の話と[公のためになした根拠主導方式の私の話]を混同しないでいただきたい
 

〔2〕直近、〔1〕にて、有名ハリウッド・スターのフリーメーソンによる目立っての儀式殺人が911の事件と背景思想を共有させしめられ、かつ、オーディン・シンボルとも結びつけられている、とした。そのことは911の事件と接合するものと根拠に基づいて訴求可能なフリーメーソン・シンボル画に
[オーディンの一つ目を想起させるようなメーソンの一つ目]
が描かれていることにも大きく影響しているととれる。
 については、下の図を参照されたい(図は本ブログ上の陰謀論で括れぬ911。メーソン関与証明(の要約)を終えて及び日蝕絡みの比喩と911の儀式のつながりについてと題した頁 ―文字色改変部をクリックすることで遷移可能― と題した各記事、911との結びつきを深く解説している各記事の内容と合せて検討した上ではじめてその内容をご理解頂けるものとなっている)。

 上の図を補助線に沿ってご覧いただくことで、
[911の儀式と接合するフリーメーソンシンボル画](より具体的には[ヤキンとボアズの柱と呼ばれるツインタワーに仮託されもするシンボル画]
を介してオーディンとオズの関係性が重みを持って迫ってくることをご理解いただけるか、と期待する(さらに述べれば、私が本ブログで展開している立証用ページ群をお読みいただいたうえでの完全理解を希求する)。

〔3〕[オーディン]と[911の事件]は神話に依拠した記号論からでも結びつくように調整されている。 
具体的には
オーディンを最高神として奉じていた北欧神話にあって神々の最終決戦ラグナロクが勃発する際の兆しとしての[蝕 ―Eclipseこと日蝕― ]が911の事件の背後にある秘教思潮と極めて精緻に結び付けられている
・「オーディンが蝕を引き起こす狼たちの親にあたる狼 ―フェンリル・ウルフ― によって呑みこまれ死ぬ」との神話上の設定を示唆するが如くの比喩。それが[911の事件の舞台設定と密接に結びつくよう調整されていたと訴求可能なアメリカ合衆国の宇宙開発計画]まわりの命名規則にさえ込められていたと指し示せる(右は誤解を招きやすき本記事の中にあって、さらに、誤解を招きやすき話ではある。だが、本ブログの中の911絡みの立証頁を最初からお読みいただければ、きっちりと胸に収まる類の話である、とも強調しておきたい)
といったことがある()。


※本題から離れての[意図を伴っての余談]として次のような話をなしておこう。

スタジオジブリ。同ジブリは現社長がフリーメーソン企業、ディズニー出身の創価学会員であることが大衆週刊誌にも書かれるような企業である(:言っておくも、日本の大衆週刊誌は[ディズニーがフリーメーソン企業である]との海外では有名な話までは載せない。虚構を維持するために用いられている媒体にはそれは許されていないことだからだ ―対して、日本でも同じく虚構を維持するためだけに飼われている陰謀論者の類の方は[ディズニーのフリーメーソン色に対しての表層的批判まではなす]ようだ― )。
 そのようにかぐわかしきジブリ、出資関係上の沿革からして私にとっては好かぬジブリが世に出した『もののけ姫』にもまたオーディンの比喩が ―極めて多義的な意味で― まぶされている、と解釈することができる
 まずもって、『もののけ姫』劇中、神秘的なる大自然の象徴神格として描かれるシシ神(獣と書いてのシシの神か)。その別形態はダイダラボッチだと何故だか劇中にて表されているが、民俗学上、ダイダラボッチとは[一つ目巨人としての側面を有する神]でもある。そこにいう一つ目、隻眼はオーディンの特色である。
 他面、シシ神を狩ろうとする人間たち、理性の象徴に仮託されてもいると思しき人間たちの勢力もまた、オーディンと結び付けられている節がある。劇中に言うところでのたたら場。自然を切り拓こうという人間たちの鍛冶を生活基盤とした勢力。その民俗学上の由来は[一本だたら]/[天目一箇神アマメヒトツノカミ]と呼ばれる鍛冶の神格と密接に結びつくものであり、そして、[一本だたら]/[天目一箇神]は一つ目の鍛冶神だからである ―ギリシャ神話上の鍛冶神サイクロプスがそうであるように。それに関しては鍛冶が片目を駄目にしやすかった生業だから、などと正統派は口にするだろう― 。またもやの隻眼、オーディンを想起させもする隻眼を介して、たたら場もオーディンを想起させるようになっているのだ。
 以上を踏まえたうえで言うが、『もののけ姫』劇中には[シシ神を守護する"もののけ"の勢力]として山犬 ―ヤマイヌとはニホンオオカミのことである― という存在が登場し、それらもまた、オーディンと結びつく。その点に関してはヤマイヌの子ら、純白のオオカミの兄弟が神話上、オーディンの足元にかしづくとされる[フレキとゲリという二匹の狼]を想起させることもある。
 あるいは、ヤマイヌの親子を北欧神話における[フェンリル・ウルフとその蝕を引き起こす息子たち、スコールとハティ]と対応づけさせて、だ。ヤマイヌがたたら場([一つ目の一本だたら]ということでオーディンと結びついてしまうとは既述)を喰らいつくそうとしているそのことに
[北欧神話上の神々の最終決戦ラグナロクが二匹のオオカミによって引き起こされる蝕を契機に始まり、そして、その最終戦争の過程でオーディンが蝕を引き起こす狼たちの親たるフェンリル・ウルフに呑みこまれることを再現しようとしている]
との寓意を見てとることもできてしまう(:『もののけ姫』劇中、妖怪の世界に切り込んでいく人間理性の象徴的存在といったエボシ御前という名の人物が[首だけになったヤマイヌの母親]に片腕を噛み切られるとの描写がある ―インド神話ではを引き起こすのは[首だけになったラーフ]という存在である―。その片腕を噛みとられるとの描写が[高貴なオオカミ]に由来する姓アドルフを持つ男ヒトラーに立ち向かい、作戦指揮所[オオカミの巣]で実行したヒトラー暗殺作戦の失敗ゆえに殺されてしまった片目・隻腕 ―隻腕という側面で[たたら場絡みのエボシのその後]と重なる― の勇者シュタウフェンベルクと「はきとつながる」などとは言わない。北欧神話にオーディン同様、フェンリル・ウルフに噛まれて片腕をもがれたオーディンと同族の神、テュール ―オオカミ類似の化け物と相討ちになるその死に様にも着目すべき存在― が登場してくることと「はきとつながる」などとも言わない。だが、そのようなことに敢えて言及した意図は汲んでおいてほしい ―特異な人生経験の中、恐怖を一切、感じなくなった私のような類は自身が[エボシ、あるいは、シュタウフェンべルクのような立ち位置]に追い込まれているとの可能性とて念頭に置いてしまうのだが、私は自身の意思で動いており、そして、何であろうと生ある限り[システムと予定]に抗うつもりで生きてもいる。人間理性で妖怪、[隻腕の漫画家]水木しげると結びつく黒塗り球体状で浮遊する一つ目の妖怪のバックベアードのような類が支配する領域に踏み込もうという生き方。他人にそうした自身の生き方の[押し付けは決してなさない]としつつも― 
 繰り返すが、『もののけ姫』はオーディンの比喩が ―極めて多義的な意味で― まぶされている、と[解釈する]ことができる作品なのである

 延々と余談をなしたが、にあって、上は単なる憶説・印象論の類にすぎないとみなされてしまうだろう。しかし、である。そこにいう[憶説・印象論にすぎないととられるだろう余談]、次のような断わりをなすことで意味あるものになる、と強調しておきたい

本ブログで訴求しているのは直近、挙げたが如きの単なる憶説・印象論とは一線を画する類のものである。本ブログで展開しているのは[確たる根拠に立脚した立証]そのものだからである

 本記事が誤解を招きやすき程、突拍子もない内容を ―ブログ初見の方には― 含む記事であるからこそ、敢えてオーディン絡みの印象論にすぎぬものを比較対象として持ち出し、上のようなことを述べておきたかった。良識人に訴求したいこととしては、そういうわけである(:日本では[他の空真似]などをなし、見るべき説を陳腐化して広めている輩が殊更に目立つ。そういった類に「万人を救いうる真実が毀損されている」中、何が印象論で何が立証なのかを明確化しておく必要を感じた。とりあえずはそうとっておいていただいても構わない)。


〔4〕実のことを言うと、北欧神話上の神々の最終戦争ラグナロクの[予定論的敗者たるオーディン]聖書の『黙示録』上に見られる最終戦争の[予定論的敗者たるサタン(あるいは赤い竜)]は密接に結びつく。

細かき解説は上記ドメインの当方Webサイト上の数万余字を割いての解説記事に譲らざるをえないが、要約すれば、次のような形で、だ。

・オーディンはローマ帝国の時代、信奉されていた神、サトゥルナスと多くの共通点を有する(:結節点となる他存在を念頭に置くとあまりにも濃厚に結びつくのだが、そうでなくとも、オーディンが冬至 ―クリスマス近接時期― に[ユールの祭り]の主催神として祭られ、サトゥルナスが同時期の[サトゥルナリア祭]にて主催神として祭られていた、といった共通点が挙げられる)。そのオーディンと密接に結びつくサトゥルナス、そのようなことを述べる人間はローマの後裔にあたる欧米圏でも絶無に近しいが、キリスト教上での天敵、赤い竜ことサタンと「密接に」結びつくようになっている(:についての細かい解説は上にて紹介済みのWebサイトを参照されたい)。オーディンはサトゥルナスという中間項を挟んでサタンと結びつくのである。

オーディンは ―正統派の論客さえもが口にすることとして― 冬至の時期、クリスマスに訪れる老人、サンタ・クロースなどと呼称される老人と極めて密接に結びつく(:その根拠だが、「いちいち書いていたらきりがない」ので上にて紹介した当方WebサイトやWeb上の他の英文関連情報 ―この手のことに関しての日本語情報は多くがいい加減であるので英文情報としている― を当たっていただきたい)。そして、オーディンと結びつくクリスマス来訪の老人は直近、その名を出したサトゥルナスなどとも結びつきながら、サタンとつながるように"できている"存在でもある(:赤い竜ことサタンよろしく赤装束で身を包むクリスマス来訪の老人。サンタ・クロースというその名がサタンの完全なるアナグラム ―文字入れ替え言葉― になっているクリスマス来訪の老人。その老人がサタンと同値をとる存在だ、などと述べる向きとなると ―稚拙な話柄をこととする向きを除き― 欧米圏にもほとんどいなくなる、と断わっておく)。オーディンはクリスマス来訪の老人を中間項にしたうえでもサタンと結びつくようになっている存在なのである

〔5〕上の〔4〕のような事実を指摘した上で再度の話として述べるが、
911の事件は[蝕の比喩]などを介して最終決戦ラグナロクにまつわる意識誘導がなされていたものでもあった
 そのような〔3〕で触れたようなことに再言及した上で、である。次のようなことを把握すべきだ、と強調しておきたい。
911の事件は実はサタンが決定論的敗者として滅する『黙示録』の比喩とも蝕の比喩などを介して密接に結ぶつくように調整されている。[本記事にあってのごたぶんに漏れず]突拍子さが目立つと見られかねぬ話だが、客観的なる根拠をもってはきと示せることとして、だ ―[アバドンといった『黙示録』9章11節に登場する存在と911の儀式、そして、蝕の関係に扱った本ブログ関連頁]を参照していただきたい― 
 関連情報検討の上、胸に収めていただけ「ているか」どうかは別問題として、もうお分かりだろうが、
「[オーディンがサタンと結びつくこと]は赤い竜ことサタンを登場させる黙示録と911の事件が意味論的に結び付けられているという観点上からも軽視してはならない」
と述べられるのである。

 いかがであろうか。以上、III ―III〔1〕から〔5〕とさらに細目に分けている― の帰結として、

「本記事で述べてきたように911の事件(と関わるスフィアのようなもの)とオーディン・シンボルが接合することは多角的に見て
[全てが危険極まりない予定の範疇内のこととして進行させられていること]
を臭わせている」

と言えることをお分かりになられたのではないだろうか。

 これにて、
それなりの形での補填をなすと
「911の事件は一つ目を崇めるフリーメーソン儀式であったのみならず、『オズの魔法使い』と結びつくよう調整されたものである」
と述べることが決して馬鹿げたものではなく、万人にとり重要な”立証”に関わるものとなる
ということを述べつくした。

 最後に一言。
北欧神話ではオーディンが魂を狩らせつつ最終決戦に備えているとされるが、『黙示録』ではサタンが獣 ―シシ神よろしくのシシの読みを獣に与えるかどうかは読み手の印象による― に人間への印(シルシ)づけをなさしめている、とされる。そして、結局、そうした準備をなしたにも関わらず、オーディンもサタンも最終戦争での予定論的敗者になるとの"設定"になっている。
 に関して、脅しめいたことは言いいたくはないのだが、[サタンに魅入られた者 ―大多数の人類か― に至っては皆殺しにされてしまう]などとこれぞ妄言録といった体裁をとる『聖書』 ―何故か権威の最たるものとされてきた『聖書』― にはある。私はそういった比喩をまぶさせた存在、人間の尊厳を芥子粒ほどにも見ていない存在を心底、忌んでいるとしつつ、問いたい。本当にそれでいいのか、と
ただし、上のように心の底からの問いはなすが、先に記したように[ナチスに抗したシュタウフェンベルク大佐や映画の中の登場人物のようにオーディン・シンボルを背負わされた存在]と同様の立ち位置に置かれているやもしれぬ私には ―他面のこととして― 無責任なことを言いたくはない/自身が正しいと考える行為の履践を他人に押し付けたくはない、との想いもある。オーディンと接合する存在であることをここ一年の研究で知ったサタン、そのサタンにつき「人を欺く存在だ」とキリスト教徒たちは声高に主張するが、無論、私は地獄に誘う者と伝わるサタンではないのだから。であるから、要は、そう、多くの人間が本当に自身で考え決断し動いてくれること。その一事に尽きるのではないか、と「思っている」旨だけ強調しておきたい:人(ヒト)は笛吹き男に踊らされてはならない。自身で考えて決めるべきだ、というのが私の哲学だ。そのための手助けは全力でする

2011年7月10日│ 記事包摂カテゴリー:[多数人の生死にかかわる問題を「実証的に」告発する

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