我々、全てにかかわる[真相]を告発するためのブログ

第一線の数学者に問題視されるワームホール生成可能性と911の儀式の関係

 検索エンジンの導出結果に基づき、本頁から読みだした読者もおられるであろう。おられるであろうから、頁を改めるごとに何度となくなしてきた前置きを繰り返す。

 前頁に至るまでに次のようなことを述べてきた。

 「先の911の事件は多数の人間の関与によって"なった"一大イベントだと[客観的根拠]に基づいて指し示せるものである。そこにいう一大イベントは[巨大儀式] ―現時、欧米では[メガ・リチュアル]と呼称― と表せるものでもあるが、もっと言えばである。[超巨大儀式] ―この方面の私の造語で言うところの[ギガ・リチュアル]― の"一要素"として実行されているものである、とも表せる。
 そして、先の911の事件は上にいうギガ・リチュアル(超巨大儀式)の構成単位たる巨大儀式としては[最も性質の悪いメッセージと結びついたもの]である、と言える」。

 以上についての細かい解説はここに至るまでの各頁に譲るとして、である。

 本ページではワームホールや軌道エレベーターにまつわる比喩が我々、全員と無縁ではないものとして存在していることを訴えることとする。一見、関係ない方向から入るようでもあるが、有名作家たちと彼らの作品を俎上に訴えることとする。


画家ルーベンスの描くエデンの園での一場面と本ブログで先に問題としたディスコーディアニズムの黄金のリンゴをモチーフとしたシンボル画。両者に描かれるリンゴ ―エデンの園で蛇に食すことを勧められた知恵の樹の実はリンゴであるともされる― が[この世界の行く末に関わる比喩]として不快なる者達に用いられている。


フリーメーソン象徴と『指輪物語』の関係。そして、そういったことを契機にしてでさえ語れる次元融合の可能性

 『ロード・オブ・ザ・リング』という映画版タイトルでも知られるファンタジー小説の古典、『指輪物語』。その作者、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン ―J・R・R・トールキン― がどこまで事情に通じていたかは分からないが、『指輪物語』にはフリーメーソンの比喩がまぶされている。先のページでタロット ―メーソン製タロット― を引き合いに「フリーメーソンが太陽と月と結びついた二本の柱、[ヤキンとボアズの柱]の象徴を不快なやり方で用いている」と述べたが、それと同じ式が『指輪物語』にも当てはまるのだ。次のような形で。

 「トールキンの『指輪物語』原著、うち、[二つの塔]との表題を付された第二部の初期版タイトル ―英語版Wikipediaから確認可能である― を見てみるとそこには[白と黒に塗られた二つの塔]が月と結び付けられながら、描かれている。フリーメーソン製タロット、の中のヤキンとボアズの柱を描いた[女教皇]のカードのデザインと”視覚的に”結びつく形で描かれている(著作権との兼ね合いでここでは図示はなさない)」。

 無論のこととして、上だけなら、『指輪物語』の装丁に影響を与えたデザイナーが「フリーメーソン象徴体系を意識しただけ」で片づけられてしまいかねない。しかし、そうではない。まずもって、トールキンが作中、二つの塔のうち、片方を月と結び付けているということがある(ミナス・モルグルという二つの塔のうちの片割れが[月の塔]としての沿革を有するものとされている:月と結びつくのは塔にも仮託可能なメーソンの二柱の柱のうちの一、ボアズの柱も同じである)。にとどまらない。トールキンが『指輪物語』にて悪の根源として描いた冥王サウロンが[まぶたのない眼の形をした残留思念]とされていることも大きい。[一つ眼]が二つの塔の間に浮かぶのはまさしくフリーメーソンの[ヤキン・ボアズ]象徴の典型的構図だからだ。

 ここで「トールキンはメーソンを暗に批判していたのだ」と主張したがる向きもあることだろう。勿論、私もそうあってほしい(私もフリーメーソンが大嫌いな連中の"外側"の人間なのだから)。が、問題はトールキンが世に出した『指輪物語』が近年、危険な形で復刻されたことにある。911の事件が起きた直後から第一作が封切られだした映画版『ロード・オブ・ザ・リング』がそうで、『旅の仲間』/『二つの塔』/『王の帰還』という原作に忠実な区分けがなされた映画がいつから「撮影開始」されたか、考えてみるべきである(私は911の儀式が起きることは大勢の人間が事前に知っていたと先に強調した。具体的根拠を挙げ連ねつつ)。そして、フリーメーソンという人種は飼い主に時として反対話法をまぶ"させられる"格好となっている(ややこしいのは「それがどこまでか分からない」ということだが、それはこの際、置いておこう)。
 映画版『ロード・オブ・ザ・リング』を目にされた方にはもう私が何が言いたいかは「半面で」理解頂けたのではないだろうか。

 話はまだ終わらない。『ロード・オブ・ザ・リング』を撮った映画監督、ピーター・ジャクソンがディストリクト9こと『第9地区』という映画をつい最近、プロディースしていることも重要なこととしてある(のようなことを問題視する人間は ―知っていても― この世界にはほとんどいないが)。『第9地区』はエイリアンが地球に帰ってくるという含みを持たせて終わる映画だが、

「ピーター・ジャクソンが撮った『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の最後の表題は『王の帰還』である。悪趣味映画、『第9地区』のエイリアン帰還を含んだラストとつながる」

「ピーター・ジャクソンの脳裏には「地球人が資源問題上、金採掘用に造られた労働力である」と往時、一部で物議を醸したゼカリア・シッチンという人物の説への意識があったととれる。何故か。ピーター・ジャクソンが『第9地区』の舞台に設定しているのがヨハネス・ブルクが[地球上の金の最大産出地]だからである(私としてはヨハネスブルクが『黙示録』をものしたとの設定になっている、ヨハネという妄言の徒の名を冠することも意味深いと見ているが)」

ということが自身でほとんど考えられることが出来なくなったフリーメーソンの胸にも響くように出来ているのだ。

 もう言いたいことは「ほぼ」お分かりいただけただろう。だが、重要な話をまだ伝えていない。「エイリアン ―私は何も操作者がエイリアンだ、などとは言っていない― の帰還よりも次元の接合が現時、問題なのだ」と伝えていない。

 その点、911の事件は[黄金のリンゴ]と結びつくと本ブログでここに至るまでに詳述してきた。黄金(Au)。周期表上、銀(Ag)と銅(Cu)とともに第"11"族に配"されて"いる元素にしてヨハネスブルク ―映画『第"9"地区』の舞台― が最大産出地となっているもの。

 問題は周期表上、第11族 ―911の儀式が11と結びつくとは詳述してきたことである― に置かれている"黄金"によって形作られているリンゴ、アトラスとヘラクレスにまつわる黄金のリンゴが

人間の”本質”の比喩にもつながるスフィア/オーブという象徴物 ―911で標的にされたワールド・トレード・センターに据え置かれていたフリーメーソンのオブジェが最たる例だ― と結びつくものである(私のWebサイトも参照されるとよいだろう)と同時に
ワームホールの"ようなもの"とも結びつく
ものである(※1)こと

なのだ(異なる時空間を結ぶワームホールの由来は”リンゴ”に対する虫食い穴だとされる)。


(傍注)※1:本ブログで先に紹介したように70年代、書籍版が世に出た最悪小説、『イルミナティ三部作』は[黄金のリンゴとペンタゴンのシンボルを並列させたもの]を作中、それと明示して登場させている(パロディ宗教とされるディスコーディアニズムのシンボルの話は先にした)。そして、『イルミナティ三部作』は911の事件の前言ととれることを示しながら、黄金のリンゴとワンセットになったペンタゴン崩壊を契機に次元間に封印されていたロイガー(綴りはLloigor)という化け物が解き放たれる、と意味不明な粗筋を有している。そこにいうロイガーはクトゥルフ神話というフィクション神話体系登場の神の名 ―調べたところ”双子”の神の片割れ― から拝借されたにすぎないおふざけ、としか普通の人間 ―魂が抜き取られたような大多数のフリーメーソンなどもその範疇に入る― にはとれないようになっているが、"本当"の事情通はそうは思わない。
 ロイガーは数理物理学者の Roy Patrick Kerr、ロイ・カー、ブラックホールにまつわる理論を深化させた天才のもじり ―英語で言うところの double meaning― であるととれるからだ(小説『イルミナティ三部作』に関しては)。そう述べた上で、私が自身の告発サイトで指摘したこととして、こういうことがある。

 「ロイ・カーはカー・ブラックホールというブラックホールの発見者である。同カー・ブラックホールの性質には[通過が死には結びつかぬも並行宇宙を一方通行でしか結ばない側面]がある、と言われている(ミチオ・カクというハーバード卒の日系人物理学者が一般向けの読み物、『パラレル・ワールド』と題された書で紹介してもいることだ)。そして、カー・ブラックホールには事象の地平線が2つあり、パラレルワールド(並行宇宙)と共にゲートとなるもの ―カー・リングか― が存在すれば、異世界を行き来出来るようになるとの指摘がある(そのような指摘もミチオ・カクの書の中に認めることが出来る)」。

 もう、言いたいことはお分かりいただけただろう。ちなみに、余談になるが、ロイ・カーも『ロード・オブ・ザ・リング』を撮った ―というより撮らされた、か― ピーター・ジャクソンも同じ国、人口少なきニュージーランドの出身者である。


もっと言えば、

・「異空間との扉を開きかねない」と有識者にさえ指摘されている実験、欧州原子核研究機構ことCERNによって実施されている実験が存在しているその実験はアトラスという名称 ―アトラスは[黄金のリンゴ]とヘラクレスを介してつながっている存在― とも密接に結びつく
・同実験には911と接合するようなシンボリズム体系が伴っている
「次元を融合させる」と911の前言とあわせて臭わせていた映画もある(ブログ上で先に既述の『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』)

といったことと黄金のリンゴの ―本ブログ上でも何度も何度も述べてきた― 比喩は併せて顧慮すべきなのだ。

 ここまでで、"人災" ―正確には操られてゲートを開くことをやりかねない人間達の犯行― が破滅的事態を招来しかねないとの懸念が理に適っているのは真面目な読者にはお分かりいただけたはずだ(だから、私は自サイトでも口を酸っぱくして言っている。「CERNにはストップサインを出すべきだ」と)。

アーサー・チャールズ・クラークと911の儀式の関係について

 『指輪物語』をものしたトールキンがファンタジー小説の世界の大御所だったのに対し、SF小説の世界の大御所にアーサー・チャールズ・クラークがいる(物故者なので正確には”いた”)。同アーサー・C・クラーク、カレルレンと呼ばれる存在を首班とする[悪魔の格好をした地球来訪宇宙人]が人類の最期を看取るという最悪小説、『幼年期の終り』をものしたことや、映画監督スタンリー・キューブリックと『2001年宇宙の旅』を合作したことで有名な作家である。

 そのクラーク、「悪魔主義者だった」と一部の陰謀論者に名指しで批判されているが(クラークの一部作品作風や人脈がそう思わせるようなものとなっている)、この際、その真偽はどうでもよい。

 ここで問題とすべきは

 「アーサー・C・クラークの小説に911の事件 ―というより正確には911の事件の背後に流れる思考法― に事前言及しているととれる作品が存在しており、解釈によっては"それもまた"[次元間を結ぶエレベーター]の比喩を包含しているように見える

ことである。

 911の事件の背面に流れる思考法と接合するもの、ということで問題としたきアーサー・チャールズ・クラークの作品は次の二作品だ。

『楽園の泉』(原題は THE FOUNTAINS OF PARADISE。1979年刊)
『神の鉄槌』(原題は THE HAMMER OF GOD。1993年刊)

 以下、[それぞれの粗筋紹介][何が問題なのかの指摘]をなす。

『楽園の泉』(1979)の粗筋
 [軌道エレベーター]※2)をスリランカの特定地域 ―現実にはシギリヤ・ロックという遺跡が存在している地域― に建築するとの企図にまつわる物語。
 なお、小説『楽園の泉』は[舞台となっているスリランカの特定地域の太古の描写]と[軌道エレベーター設立に向けての折衝がなされている時代の描写]が順々になされるという特徴的形態をとる。


(傍注)※2
軌道エレベーター構想とは:
軌道エレベーター構想。ご存じの方もおられるだろうが、それは静止軌道 ―(静止軌道は赤道上空上の特定高度の軌道で地球の自転と並行して動く軌道で、ために地上から見て不動と見える静止衛星を打ち上げる軌道でもある)― 上の人工衛星からケーブルを地上に垂らし、地上からもそのケーブルとつなげるケーブルを敷設。連結したケーブルを宇宙と地上を結ぶエレベーター(Space Elevator)として運用していこうという構想である。
 そのような構想、一見、絵空事のようにも見えるものだが、1990年代に日本発でカーボンナノチューブ(CNT)が「エレベーター構築材料の有力素材として」世に出た関係上、深刻に検討されるようになった構想である。


『神の鉄槌』の粗筋
 地球に小惑星が接近。同小惑星の地球衝突による甚大な損害を回避すべく、隕石にランディング(接地)し、マス・ドライバー※3)によって隕石の軌道を逸らせようとする計画にまつわる物語。


(傍注)※3
マス・ドライバーとは:
本来的には宇宙空間に物資を運ぶために用いられる大型射出機のこと。コンテナを打ち上げる巨大な滑走路兼カタパルトといった形態をとるSF上の存在だが、月などの惑星からの物資搬出手法としては有用であるため、現時、NASAなどによって技術的実現を検討されている。


 何故、『楽園の泉』と『神の鉄槌』が問題なのか

 長くなるが、以下、IからIIIで『楽園の泉』と『神の鉄槌』が問題となる理由を詳述していく

I.前提となることなので最初に述べる。「先の911の事件はギリシャ神話上の[アトラスとヘラクレスの伝承]と結びついている」。右に対する[根拠と共になした"要約"説明]は本ブログ上の前頁に譲り、[完全立証を期しての詳述]は私のWebサイトに譲るが、とにかくも、である。そういった911の事件の儀式的側面、[アトラスとヘラクレスの伝承]と結びついている911の事件の儀式的側面がアーサー・クラーク小説作中の隠喩にも関わっている

II.アーサー・C・クラークの『楽園の泉』と『神の鉄槌』は相互に結びついてる。そして、相互に結びつきつつ、アトラスとヘラクレスの象徴を作中にまぶしている。次のような各点からそのように言える。

まずは『楽園の泉』『神の鉄槌』の結びつきからである。『楽園の泉』は劇中にカーリダーサと呼ばれるスリランカの古代の暴君を登場させる。他面、『神の鉄槌』では地球に衝突しつつある小惑星にカーリーという名が与えられている。『楽園の泉』と『神の鉄槌』にカーリーつながりの結びつきがあるのは言うまでもない(ちなみに、カーリーとは生首をぶら下げた格好で描かれるヒンドゥー教の女神の名である)。

『楽園の泉』はヘラクレスと密接に結びつく。作中、[軌道エレベーターを構築しようとしている男]が[ジブラルタル海峡 ―ヘラクレスの柱。ヘラクレスの二本の柱はツインタワーにも仮託可能だとはブログ上の前頁でも言及した― を結びつける橋を建設した男]となっているからだ。フリーメーソン秘教思想に照らし合わせれば、[ヘラクレスの二本の柱]を連結するということはヘラクレスの二本の柱の典型的描写と外見的に酷似している[ヤキンとボアズの柱](のフリーメーソン象徴)を連結することだが、ヤキンとボアズの柱は太陽と月と結びついているため、それは太陽と月を結合させること、"蝕"を起こすことと同義ととっていい日蝕の話はアポロ"11"号に触れたりしつつ前頁で事細かになした。お忘れ、ないし、把握されていない方には前頁に至るまでの内容をきちんと読まれることを勧める)。そして、ヤキンとボアズで体現される陽と陰の異世界同士をつなげる比喩ととっていい(911の前言と関わる[ディスコーディアニズムの黄金のリンゴの象徴]が東洋的な陰陽紋様とも結びつくのは決して偶然ではない)。
 まだだ。『楽園の泉』でヘラクレスの柱を結ぶ橋を打ち立てた男 ―モーガンという男― が軌道エレベーターを敷設する候補地として選んだ箇所が現実世界のシギリヤ・ロックに対応しているということもヘラクレスとの兼ね合いで問題になる。シギリヤ・ロックには世界遺産として[獅子の巨大な足の石像]が残っているが、獅子はヘラクレスの象徴物でもあるゆえに、重要ととれるのである(ヘラクレスは獅子被りの男として有名)。
 その点、アーサー・C・クラークがシギリヤ・ロックにこだわったのは自主性喪失の駒、フリーメーソンの間にライオンズ・ポー( masonic grip、 Lions Pawなどと検索されて見るとよい)、すなわち、「獅子の前足 ―シギリヤ・ロックに残っているものでもある― の握手」と呼ばれる握手があることも影響しているかもしれないが、アーサー・C・クラークがシギリヤ・ロックの責任者にラジャシンハという名のキャラクターを配したことまで顧慮せねばならない、と私は考えている。
 シンハとはスリランカの住人、シンハラ人と結びつく語だが、もっと言ってしまえば、シンハラという言葉自体がライオンと結びついている。simba/sihaというライオンを意味する接頭語と結びつくシンハラ(Sinhala)とは[ライオンの子孫]という意味であるのだから。
 以上のようなことを顧慮すれば、である。アーサー・C・クラークがスリランカを晩年の地に選んだということがあったとしても、1979年の小説執筆時にクラークの脳裏 ―というより、クラークに象徴的作品を残させた者達の脳裏に、か― にあったのはヘラクレスのことであると考えていいだろう。ジブラルタル海峡、すなわち、"獅子"被りのヘラクレスの柱を結ぶ橋を打ち立てた男が獅子の足の石像が残っている遺跡に[獅子の王]といった語感の言葉を持つ人間(ラジャシンハ)と交渉して軌道エレベーターを打ち建てるという妙な小説の筋立て上。実のことを言うと、クラークのヘラクレスへのこだわりはそれだけではないのだが、については、すぐに記すとして、この段階でも『楽園の泉』とヘラクレスの関係を認識できる。

『楽園の泉』から一転、『神の鉄槌』についてだ。『神の鉄槌』はここで問題とするアトラスにもヘラクレスにも結びついている。アトラスには「多大に」、ヘラクレスには「多少、かつ、間接的に」結びついている。
 とした上で、ここではアトラスから論じはじめる
 さて、『神の鉄槌』で地球に衝突しそうな小惑星カーリーの軌道を逸らせるために用いられたマス・ドライバーの名前がそのものずばりで[アトラス]となっている。そして、作中、そのマス・ドライバー、アトラスはキリスト教とイスラム教の習合宗教クリスラム教の狂信者達に壊される。
 アトラスとの「表層的なる」結びつきはもうお分かりだろう。
 が、「深層での」結びつきはお分かりになられていないだろうから、いま少し、アトラスと『神の鉄槌』の関係について筆を割く。
 としたところで、本ブログで次のようなことを書いたのを覚えておいでだろうか(あるいは把握されておられるだろうか)。

 「911の儀式は蛇の眷属退治の英雄、ヘラクレスの冒険の逆のことをやる、との前言ととれる(そのような[一見、奇怪ともとれる主張]が説得力を伴ってなせる根拠については先のページを参照いただきたい)。そこにいう「逆のことをやる」という筋立ての延長線上の話としてヘラクレスが[11番目の冒険]でアトラスに天界を支え続けさせることに神話上で成功したのに対し、現実にはその逆の事態が現出。天を支える巨人アトラスに天を支えさせることに失敗し、天が堕ちてくる如きの大災厄発生となりかねない」

 以上を含んでいただいた上で言うが、アーサー・クラークは小説『神の鉄槌』の中でクリスラム教の狂信者達に人類を救いうる[アトラス]を壊させ、天が落ちてくるが如きの大災害の危機が現出する局面を描いて見せた。私の見立てではそのようなことを書いたクラークにはフリーメーソン(自らを[十字軍時代のテンプルナイツの後裔]にもかこつけたがる"連中"である)に押しつけられた協約 ―ふざけたコンセンサス― に対する何がしかの知識があったと見ている。クリスラム教とは核戦争をやらかしかねない宗教対立の象徴的存在と見えて、実は違い、(へレクレスの冒険とは逆にアトラスを倒す方向で動かされている)フリーメーソンに仮託可能な存在であるととれるからだ。
 につき、何もキリスト教とイスラム教双方にフリーメーソンが浸透しているという理由だけで、そのように言っているのではない(宗教とフリーメーソンの関係については私の著作を参照されたい)。アーサー・クラークの小説、『神の鉄槌』のクリスラム教がシリウス星系の生命体と電波交信し、その意を受けて動いていると主張する団体として描写されているからだ。シリウス星系の生命体。いきなり、馬鹿げた宇宙人関与論の話になった風があるが、然にあらずである。ロバート・テンプリという人物、英国王立天文学協会会員でもある人物が「シリウス星系に生命体がいるのではないか」、「そういった生命体が人類史に関与しているのではないか」、という興味深い説を多少、説得力を伴っているやり方で主張し、多少、物議を醸したことを置いておいて、だ。
 フリーメーソンにはシリウスとコンタクトをとっているとの秘教思潮 ―右がどの程度、信憑性を有しているかはこの際、問題にならない― がテンプリ以前からあり、それが重要なのである※4)。
 現時、日本でも「2012年以降に素晴らしい世界がやってくる/シリウスの望ましき時代がやってくる」などと意味不明で素っ頓狂なことを口にしている者達がインターネット上と紙媒体上にてジャンクをばらまいているが、その背景はそこにある、としつつ述べれば、だ。アーサー・クラークの小説で[地球を救いうるマス・ドライバーを壊した連中]、[アトラスを壊した連中]がシリウスの声を聞いているとも妄信する連中、宗教対立を現出している連中たるフリーメーソンの隠喩であろうと真の事情通には分かるようになっているのである。


(傍注)※4:アリス・ベイリーというオカルティスト ―悪魔主義者とも噂される― の夫であるメーソン員、フォスター・ベイリーという男が『スピリット・オブ・メーソンリー』という自著で「シリウスの生命体がメーソンの大元である」といったことをロバート・テンプリに「先立って」口にしていた、と調べられるゆえにそのように言えるのだ(貴方にその気があるなら、英文のネット情報から関連情報を見つけられるはずだ)。


・『神の鉄槌』とヘラクレスの関係について論じる。
 まずもって、『神の鉄槌』には月面マラソンが行われた月面地域名としてヘラクレスの名が出てくる(ヘラクレイデスの岬)。
 さらに、作中、[アトラス](マス・ドライバー)を小惑星カーリーに設置するために用いられたゴライアス号 ―ゴライアスとは『旧約聖書』でダビデに敗北したペリシテ人の巨人、ゴリアテのことだ― がハーキュリーズ号という宇宙船と[トロヤの双子船]として「何故だか」ワンセットになっている、ということがある。設定上の話だが、極めて重大なこととしてある。
 ハーキュリーズ号とはヘラクレス号の英文読みであり、双子船はヘラクレスの二本の柱を想起させもし、先の911の事件で崩された双子のビル、”ツイン”・タワーを想起させもするものだからだ。
 だけではない。私が『神の鉄槌』の邦訳版を読んでいた際、アーサー・クラークが記した後書き部にも引っかかるところがあった。
 古希に入って数年を経ていたアーサー・C・クラークは1993年の彼の著書『神の鉄槌』の後書きでMeteor『メテオ』という一九七九年公開の映画の評価を「今更ながらになしていた」のだが、そこにいう『メテオ』という映画は、である。数多ある911の事前言及映画の一つであるとも言われている(映画『メテオ』ではツインタワーが倒壊している)。そして、映画『メテオ』はICBM搭載の架空の人工衛星ハーキュリーズ(すなわち、ヘラクレス)を登場させており、そのハーキュリーズが『神の鉄槌』のアトラスよろしく地球に迫りくるある隕石を避けるための手法として検討されているのである。
 もう言いたいことはお分かりだろう。

III.長くなってしまったが、上のIIを構成する箇条書き部で次のようなことを指し示しえたといってよいだろう。

 「アーサー・C・クラークの『楽園の泉』と『神の鉄槌』は相互に結びついてる」

 「『楽園の泉』と『神の鉄槌』双方にヘラクレスが深く関わっている。911の事前言及と結びつく要素を伴いながら、深く関わっている」。

 ここIIIでは上を含んだうえで、
 「アーサー・C・クラークの『楽園の泉』に登場する[軌道エレベーター]も危険な比喩となる」
ということについて詳述する。続く箇条書き部を参照されたい。

・軌道エレベーターの別称は『ジャックと豆の木』に出てくる豆の茎と同義のビーンストーク(Beanstalk)あるいはヤコブの梯子だ。『ジャックと豆の木』については多くを語る必要がないだろう(ジャックという男が人食い巨人 ―オーガと呼ばれる人食い巨人― の住まう上空の世界に豆の木をつたって上り、財宝を取得するいう粗筋の話である)。対し、ヤコブの梯子だが、『旧約聖書』創世記に登場するもの、[ヤコブの夢の中に現れる天使たちが上り下りに用いている梯子]のことを指す。
 ここで実のことを言うと、『ジャックと豆の木』のビーンストークも、『旧約聖書』の中のヤコブの梯子も本質は同じものであると解釈する余地がある。『ジャックと豆の木』のジャック(Jack)の名前の由来がヤコブ(Jacob)の略称にあるとされているからだ(Jack⇒Jacob。フランス語のヤコブ相当の名、Jacquesに至ってはそのままジャックと読む)。
 人食い鬼、オーガ(Ogre)の世界に通じる豆の木登りの物語と『旧約聖書』の天使が上り下りする梯子の話にまつわる登場人物の名前が同じなのは皮肉だが、間に軌道エレベーターが介在してくると皮肉では済まされない。軌道エレベーターは「ジャックの豆の木」と「ヤコブの梯子」を併せて別称と持つことによって、[オーガの住む世界]と[天使の住む世界]を完全に結合させているものだが、それが続いて表記していくアーサー・C・クラークの小説テーマや911の背後にある儀式主義と結びついていることが笑いごとではないのだ。

・ジャックは11と結びつく名称である。何故か。トランプのカードでジャックは11のカードたる[Jのカード]なのだから。それは本ページに至るまでに「911の事件は複線的に11と結びつくように調整されていたものだ」と訴えてきたことと接合する。

先のIIにて述べたことを繰り返そう。アーサー・C・クラークの小説、『楽園の泉』はヘラクレスの柱を結ぶ橋を打ち立てたとの設定の男が軌道エレベーターを「獅子と結びつく場に」「獅子と結びく名の人間と折衝して」建設するとの筋立てを有する
 そして、それは先の911の事件が[獅子被りの男、ヘラクレスが打ち建てた二本の柱]や[ヘラクレスの11番目の冒険]と結びつくことを想起させる(ヘラクレスが柱を建てたのは十番目の冒険だが、その点もより深い意味で問題になる)。
 だけではなく、軌道エレベーターがジャックを介して11と結びついていることにも[911の事件と結びつく11番目の冒険とのつながり]を想起させる格好となっている。

アーサー・C・クラークは『楽園の泉』の14年後に『神の鉄槌』を世に出した。そして、その『神の鉄槌』本文、及び、後書きにて、911の事件と結びつくヘラクレスとアトラス(アトラスはヘラクレスの第11番目の冒険登場の巨人)というキーワードを[シリウス星系の存在と意思疎通しているとの発想を抱いているような連中、フリーメーソンの911の儀式]と事前につなげるように用いていた
 そのようなことと『楽園の泉』と『神の鉄槌』にカーリーといった名称使用を介した結びつきがあることを複合顧慮すれば、だ。軌道エレベーターが[悪しき存在の住まう領域とこの世界を結ぶ通路]、[オウガの世界とこの世界を結ぶ通路]と一部のメーソン達に認識されていることを観念することは行きすぎにならない。実際、[ヘラクレスの柱を橋で連結する『楽園の泉』のモチーフ]⇒[ヘラクレスの柱の象徴物と相似形を呈するヤキンとボアズを連結する比喩]⇒[ヤキンとボアズで体現される月と太陽の世界、陰と陽の世界を連結する比喩]と考えられてしまうということもあるがゆえに。

911の事件はヘラクレスの二本の柱を破壊したもの、悪魔を使役したとされるソロモン王の宮殿の入り口に建てられていたというヤキンとボアズの柱を破壊したものと言えることは視覚的かつ理論的に訴求してきた。ここに至るまでに何度となく訴求してきた。そして、実のことを言うと、そこにいうヤキンとボアズの柱はエレベーターの比喩とも視覚的につながる。本ブログのために作成した下の図、広く行き渡ったフリメーソン象徴画を題材に作成した下の図をご覧いただきたい。

 ヤキンとボアズの柱(JとBと付された柱)に付された上矢印ともとれる三角形、下矢印ともとれる三角形をご覧いただきたい。それらは併せると六芒星、ダビデの星が出来上がるともされる有名なオカルト・シンボリズムで錬金術の文言、 As above,So Below「上のものは下のものの如し」を体現したものであるともされる(現時、「上のものは下のものの如し」と911の事件の関係について触れた興味深い動画がインターネット上で流通している。私の主張とは視点をほぼ全面的に異にする動画であるが、英語を解す向きは見てみるべきものだ、としておく)。
 が、ここで問題としているのは上三角形と下三角形がエレベーターの「上階へ」ボタンと「下階へ」ボタンを想起させるように出来ていることだ。
 そのような見立てに対し、こう言う方もおろう。「言いたいことは分かった。しかし、それこそこじつけの極致だろう」。だが、違う。エレベーター・ボタン状のものが描かれるヤキンとボアズの柱は視覚的にヘラクレスの二本の柱とも接合するように"出来て"いる。そして、ヘラクレスの柱がアーサー・C・クラークという男、「イルミナティだ」とか、「悪魔主義者だ」などとも噂されていた男の小説にて軌道エレベーターと結びつけられていたのはここに至るまでに強調してきたことだ。
 ヤキンとボアズの柱、それが『楽園の泉』の[ヘラレクレス絡みの軌道エレベーター]と「後付けで」結びつけられていると述べることに何ら飛躍はないのである。

・次元を融合するという恐竜人 ―とされる存在― の企みを描いた映画の中でも[911の事件に関する露骨な事前言及]がなされている(本ページでも言及したハリウッド映画、『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』の話は海外ではそこそこに有名である)。
 そのように児童向け映画「でさえもが」調整され、比喩をまぶされているのならば、だ(もっと言えば、冥界との結節点を開くとの発想が911の事件に含まれているのならば、だ)。アーサー・C・クラークのような類が11ともジャック(=ヤコブ)を介して結びつく軌道エレベーター、異世界の通路としての意味合いを有する軌道エレベーターの比喩を用いていたことには納得がいく。
 さらに言えば、アーサー・C・クラークの『楽園の泉』には軌道エレベーターが完成した後、宇宙人が地球に表敬訪問し、軌道エレベーターを眺めるという「意味不明な」シーンをエピローグに入れていることも気になることとしてある。宇宙人の括りに[ゲートを開かなければ、こちらに進出してこれぬ並行宇宙の住人]を加えれば、の話として気になることとしてある(※5)。


(傍注)※5:先に次のようなことに触れた。

 「アメリカはじめ世界で名が知られる日系人物理学者ミチオ・カクが特定ブラックホールの[通過が死には結びつかぬも並行宇宙を一方通行でしか結ばない性質][並行宇宙と共にゲートとなるものが存在すれば ―ここが問題である― 、異世界を行き来出来るようになる性質]に言及している」。

 そして、上のような話と結びつくこと、[軌道エレベーターの比喩]とも結びつくこととして次のようなことがある。

 「ミチオ・カクは『鏡の国のアリス』を引き合いに自著『パラレル・ワールド』で次のようなことを言っている。
 『小説『鏡の国のアリス』内でアリスが異世界へ行くためにくぐった鏡は[ブラック・ホールのエレベーター]に仮託可能なものである。ブラックホールに突入、ワームホールをエレベーターに、違う階に相当する並行宇宙に移動する、といった具合に』(ミチオ・カクは[異世界への扉たる鏡]と結びつく[多重連結空間]の話からそのようなことを語っている)」

 言いたいことは大体にして分かっていただけたか、と思う。


 これにてIからIIIと振って述べてきた説明部を終えよう。読者は以上の説明部を精読されることで『楽園の泉』と『神の鉄槌』というアーサー・クラークによる小説が「二作相まって ―911の事件の発生を事前に示唆しながら― [次元間の通路]に隠喩的に言及している」ことに対する理解を深めていただけるものと思う。

ワームホール生成の話は絵空事ではない

 ここに至るまでにファンタジー小説の大御所、故ジョン・トールキンの作を引き合いに、そして、SF小説の大御所、故アーサー・クラークの作品を引き合いに[メガ・リチュアル(一大儀式)としての911]と[異空間の扉を開く比喩]の関係について詳述してきた。
 が、真面目な読者の方とてこう思われているはずだ。

 『異空間を結ぶワームホールを構築するなど絵空事ではないのか?』

 ゆえに、述べておく。

 「ワームホールの人為的生成は絵空事ではない」。

 契機として語れるのは「ブラックホールやワームホールを開きうる機関だ」との可能性論 ―何故だか、海外主流メディアに取り上げられるのは[ブラックホール生成と地球消滅絡みの天文学的僅少さとワンセットとなった可能性論]だけだが― が取り沙汰されるCERN(欧州原子核研究機構)に誰よりも詳しき[本当の有識者]達の見解だ。

 まずもって、CERNのコンピューター部門及びリサーチ部門の統括者のベルトリッチという人物が次のようなことを発言していたことが問題となる。
 「(人類史上最大級の大型粒子加速器を用いた史上最大級の出力をもっての)実験の結果、異世界とのゲートが開き、こちらと向こう側への物質の転送ができるようになる可能性がある」
 CERNのコンピューター部門から我々が今日、用いている World Wide Webシステムが産まれている。ゆえに、CERNのコンピューター部門とは人類の営為に多くの影響を与えている場ととれるが、そのような部署の責任者の発言であるからこそ軽んじられない。

 さらに、極めて重要視すべきこととして、次のようなことがある。
 「ステクロフ数学研究所( Steklov Institute of Mathematics )。かつて合衆国と核競争を繰り返し、現在でもCERNに大量の人員を供給していることに見るように基礎科学領域での人材育成に力点を置いていたロシアの数学研究機関。そのステクロフの二人の研究者がCERNの実験はワームホール(Wormhole)を発生させうるとの指摘をなした」

 以上、述べてきたような[本当の有識者の見解]に加えて、である。一般に
 「時空が不安定になる程のエネルギーを操作できればワームホールを構築できる。そのためには恒星級の超長大さを有する粒子加速器を建設する必要があるだろう」
といったことが正統派の科学者達にも広く認められているということもある(※6)。


(傍注)※6:本記事でも紹介した海外では有名なハーバード卒の日系人物理学者、カク・ミチオもCERNの話とは全く別の文脈で[超長大な粒子加速器構築とワームホール生成の関係]に自著にて言及している。グレッグ・イーガン( Greg Egan )、現代ハードSF界の旗手にあたる作家 ―私は彼の作品を最近、精読したが、どうも「人間的ではない」箇所が多いことに気付かされた― は[粒子加速器利用によるワームホール生成]を彼の小説『ディアスポラ』(海外での同小説刊行は90年代半ば)で大々的に取り上げている


 さて、直近にて長大なる粒子加速器とワームホールの関係に言及したうえだからこそ指摘するが、
2008年からCERNが稼働開始したのは ―上述の正統派物理学者達の想定にあるような恒星級の超長大さを有しているわけではないが― 全長27キロメートルという長大さを有している加速器、LHCである

 どうだろうか。以上の話をお読みいただいたことで

 「CERNがワームホールを開閉しうるとの話は馬鹿げたものではない」

とお分かりいただけたのではないだろうか(ちなみに、[通過可能なワームホール ―リンゴの虫食い穴― ]の話を80年代に問題視したことで有名な物理学者のキップ・ソーン( Kip Thorne )は「負のエネルギー」があれば、ワームホールは通れるとした。ここつい最近から、何故だか、『不思議の国のアリス』のALICEの名前を実験プロジェクトに用い出しているCERNがその領分としている反物質はまさに負のエネルギー絡みのものである)。

 非常に長くなったが、ワームホールの話はここまでとしておこう。



 ここまでの6頁を割いて以下のAからCの内容について多く根拠主導ベースで解説を講じてきた。

A.911の事件は[イスラム過激派によるテロ]ではない。さりとて、[一部の人間の利害得失に基づいた陰謀]でもない。911は相当数の人間が動員された一大イベント、巨大儀式だったのだ。

B.911の儀式のために動員された者達は[フリーメーソン]である。

C.フリーメイソンを用いての儀式の目的は[人類全体にとり望ましからざる行為]が実行に移される時が近づいているとの意思表示である、解釈できるブログ上の本ページや直前頁で述べてきたのはこのCにまつわる兆候の話である)。

 それら順を追って解説を講じてきたAからCを骨子とするテーマについてはさらに筆を割くが、その多くは今まで述べてきたことの「補強のために」ものすものであり、全く連続性なき話をすることは ―本ブログ上では― ないもの、と汲んでおいていただきたい。

 以上、一区切りとしたところで最後に一言。
 「何にせよ、上のAからCは[事実]なのだ。具体的な証拠と確たる論理によって指し示せる[事実]なのだ。今、我々がせねばならないことはその[事実]に真正面から向き合うことだろう」。

2011年4月29日│ 記事包摂カテゴリー:[多数人の生死にかかわる問題を「実証的に」告発する

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